キャッツ

私が初めて劇場で『キャッツ』を観た時の衝撃は、今でも昨日のことのように鮮明に蘇ります。
暗闇の中で光る無数の猫の目、客席を駆け抜ける風、そして圧倒的なメモリーの歌声。
ただのエンターテインメントを超えた、魂が震えるような体験でした。
日本での上演回数は通算1万回を超え、今なおロングランを続ける劇団四季の『キャッツ』。
なぜこれほどまでに私たちは魅了され続けるのか。大人の視点で、その奥深い世界観と魅力を紐解いてみたいと思います。
徹底された舞台美術
劇場に一歩足を踏み入れた瞬間から、私たちはもう人間ではありません。
そこは、都会の片隅にあるゴミ捨て場。
舞台上だけでなく、客席の壁面まで埋め尽くすように、古タイヤや空き缶、壊れた家電製品といったゴミのオブジェが飾られています。
ここで注目していただきたいのが、そのサイズ感です。
すべてのゴミが、実物の約3倍の大きさで作られているのをご存じでしたか?
これは、私たち人間が猫の目線になった時に見えるサイズ。
巨大な歯磨き粉のチューブや、大きな新聞紙に囲まれることで、観客である私たち自身も、いつの間にか一匹の猫としてその場に存在しているような錯覚に陥るのです。
また、公演地ごとに変わるご当地ゴミを探すのも楽しみのひとつ。
その土地ならではの銘菓の空き箱や、スポーツチームのグッズなどがひっそりと隠されています。
開演前の時間、オペラグラス片手に隠れゴミを探すのも、乙な楽しみ方なんですよ。
人間であることを忘れる極限の身体表現
『キャッツ』には、明確なストーリーらしいストーリーはありません。
年に一度開かれる舞踏会で、長老猫が天上に上り、再生を許されるたった一匹の猫を選ぶ、ただそれだけの一夜のお話です。
だからこそ、際立つのが役者さんたちの圧倒的な身体能力です。
彼らは、人間としての骨格を無視したかのような動きを見せます。
背中を丸めて威嚇するポーズ、しなやかに伸びをする仕草、そして重力を感じさせない跳躍。
衣装やメイクの力はもちろんですが、指先の角度一つ、首の傾げ方一つに至るまで徹底的に猫なのです。
激しいダンスナンバーの直後でも、肩で息をするような人間くさい姿は絶対に見せません。
そのプロフェッショナルな姿を見ていると、演じているということを忘れて、本当にこういう生き物たちが夜な夜な集会を開いているんじゃないか…そんな不思議な感覚に包まれます。
個性豊かなジェリクルキャッツたち
登場するのは、特別な能力を持ったジェリクルキャッツと呼ばれる猫たち。
彼らのキャラクターは多種多様で、見れば見るほど「あ、こういう人、私の周りにもいるかも」と思えてくるから面白いんです。
ラム・タム・タガー(つっぱり猫)
天邪鬼で派手好き、ロックスターのような色男。女性客を翻弄する姿は、いつの時代もモテるちょっと悪い男そのものです。
ミストフェリーズ(マジック猫)
若くて純粋、そして天才的な魔法の力を持つ黒猫。彼のダンスの美しさは、劇中屈指の見せ場です。
グリザベラ(娼婦猫)
かつては美貌を誇ったものの、今は年老いてボロボロになり、仲間外れにされている猫。彼女が歌う名曲メモリーには、過去への執着と、未来への切なる願いが込められていて、涙なしには聴けません。
他にも、泥棒猫や鉄道猫、食いしん坊猫など、個性豊かな猫たちが登場します。
彼らは皆、自分の生き方に誇りを持ち、懸命に生きています。
再生を求めて歌い踊る彼らの姿は、人生の酸いも甘いも噛み分けた私たち世代の心に、強く、深く響くメッセージを投げかけてくれるのです。
もし、しばらく劇場から足が遠のいている方がいらしたら、ぜひ久しぶりにあのゴミ捨て場を訪れてみてください。
きっと、あの頃とはまた違った感動が、あなたを待っているはずですよ。
