安藤サクラの日常と狂気が同居する演技力

ドラマ『ブラッシュアップライフ』での自然すぎる会話劇から、映画『万引き家族』での魂を削るような泣きの芝居まで。
今、日本映画界において「代わりがいない女優」を一人挙げるとすれば、間違いなく安藤サクラさんの名前が上がるのではないでしょうか。
彼女が画面に映ると、なぜだか目が離せなくなります。
失礼を承知で言うと、決して絶世の美女という役どころばかりではないですが、彼女はとてつもなく美しく見えたり、時にはゾッとするほど恐ろしく見えたりする。
今回は、見る者の心を鷲掴みにして離さない、安藤サクラという稀代の女優の凄みについて、私なりの視点で語らせてください。
「日常」と「狂気」の同居
安藤サクラさんの演技の最大の魅力、それは、日常の延長線上に狂気があることを表現できる点にあります。
例えば、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した『万引き家族』。
あの映画のクライマックス、警察の取調室でのシーンを覚えていますか?
彼女が演じる信代が、核心を突かれた瞬間に見せた、涙とも汗ともつかないものを手でぬぐう仕草。
あれを見た時、私は全身に鳥肌が立ちました。
演技をしているようには全く見えないのです。まるでドキュメンタリーを見ているかのように、一人の女性がそこで崩れ落ち、それでも保とうとするプライドや母性が、生々しく漏れ出していました。
彼女は、スーパーで買い物をするような平凡な日常の空気感をまとったまま、ふとした瞬間に人間の業や闇といった狂気を覗かせます。
隣に住んでいそうな普通の人なのに、一皮むけば何をしでかすかわからない。
そのリアリティが、私たち観客に「これは作り物ではない」という錯覚を起こさせるのです。
だらしない体からボクサーの肉体へ
彼女の凄さは、表情やセリフ回しだけでなく、その肉体にも宿っています。
代表作である『百円の恋』で見せた変貌ぶりは、まさに伝説級です。
物語の前半、実家に引きこもるニート役の彼女は、だらしない体型で、目つきも腐った魚のよう(褒め言葉です)。
歩き方ひとつとっても、重心が低く、覇気が全くありません。
それがボクシングに目覚め、試合に向けてトレーニングを重ねるにつれて、顔つきが鋭くなり、体中の筋肉が削ぎ落とされ、本物のアスリートの体へと変わっていくのです。
特殊メイクやCGではなく、彼女自身の肉体が変化することで、役柄の精神的な成長を表現する。
役作りという言葉では片付けられない、役への執念のようなものを感じざるを得ません。
一方で、『ブラッシュアップライフ』のように、地元の友達とダラダラ喋るだけのシーンでは、体の力が完全に抜けきっています。
この硬軟自在な身体表現こそが、彼女がカメレオン女優と呼ばれる所以でしょう。
なぜ彼女はあんなにも「生々しい」のか
父は奥田瑛二さん、母は安藤和津さん、そして夫は柄本佑さんという、まさに芸能一家に身を置く彼女。
しかし、彼女の演技からは「サラブレッドの余裕」というよりは、もっと泥臭い、野生動物のような勘の良さを感じます。
彼女は、セリフを言うのではなく、その場の空気に溶け込ませるのが天才的に上手いんです。
かっこ悪い姿、情けない姿、汚い姿。
普通の女優さんなら隠したくなるような人間の恥部を、彼女は躊躇なくさらけ出します。
だからこそ、彼女が笑えばこちらも嬉しくなるし、彼女が泣けば胸が張り裂けそうになる。
綺麗に見られたいという欲を捨て、役として「生きる」ことに徹しているからこそ、あの圧倒的な存在感が生まれるのでしょう。
スクリーンの中で、彼女はいつも私たちの予想を裏切ってくれます。
次はどんな顔を見せてくれるのか。
安藤サクラという底なし沼に、私はまだまだ浸かっていたいと思います。
